2011年9月12日月曜日

泊村の皆さんへ

817泊原発3号機は福島第一原発事故世界で初めて再開される原発となりました822私たちは泊村を戸別訪問、泊3号機の運転再開に関してこんなご意見をいただきました私たちは意見はきかれていないきかれたら反対していた。」「不安だ福島の事故以来泊の人たちの原発に対する意識は変わったでも泊原発建設の時反対したが止められなかったからあきらめている。」津波と地震の問題だけじゃなくて耐震性の問題も古くなった原子炉を廃炉にする問題がある寿命は25年でもう寿命がきているものもある。」「原発の交付金で立派な集会所も建って中学校も建ったでもあの中学校には50人しか生徒がいないここの村には子供がいないんです。」国がやれっていって知事が賛成して私たちに原発が止められますか」「原発が安全なら何で防災訓練なんかするんですか?危ないからやるんじゃないんですか?」「泊原発で働いていて止まったらその日から食えなくなる原発がなくなっても国が面倒みてくれるというのなら反対するよ

多くの方が原発に対する不安を抱えているということが良くわかりました1999年と20003月に行われた3号機増設に関する「道民の意見を聴く会」でも、2008年に開催された道と国主催のふたつのプルサーマルシンポジウムでも北電は「やらせ」を行っていたことが発覚し、高橋はるみ知事と北電の親密な関係も暴露されました。高橋知事は、北電の役員から毎年政治献金を受け取り北電の元会長の南山英雄氏は現在も高橋知事の政治資金支援団体萌春会の会長です。北電と、道知事と、財界、御用学者メディアが一つとなって原発建設反対の道民の声を踏みにじって、原発を推進してきました。

泊村は、美しい海辺の村です。以前はスケソウダラもアワビもたくさん捕れたことでしょう。その泊村の豊かな海を汚し、ゆるやかなカーブを描き、岩が優雅にそそり立つ海岸線の、そのど真ん中に原発が建てられました。そして、北海道の電力の独占企業として、北電は大儲けしてきました。でも、原発のおかげで泊村の皆さんの暮らしは、果たして、豊かになったのでしょうか? 福島第一原発の事故直後に、現地の東電社員や県庁の職員の家族は一斉に避難しました。その時、地元の住民は原発で何が起きているのかも知らされずにいました。315日には、東電は密かに福島第一原発から東電職員を全員撤退させようとしていました。ひとたび泊原発で福島の様な事故が起これば、いったい誰の命が優先されるのでしょう?そして、泊原発から80km離れた札幌に住む私たちの暮らしも、確実に放射能に汚染されます。

3号の運転が再開された817日、福島の子どもたちが、東京まで出かけて、菅総理に「わたしはふつうの赤ちゃんが産めますか?何さいまで生きられますか?」と問いかけ、「原発を止めてください。放射能を止めてください。そとでサッカーができるようにしてください。」と申し入れを行いました。そして、福島第一原発事故から半年がたった911日の今日、19歳から22歳までの4人の若者が、

経産省前で、「これ以上、原発の負の遺産を引き受けたくない」と10日間のハンガーストライキを始めました。922日、私たち日本の代表団は、アメリカのニューヨークで、福島の原発事故の実態を報告します。泊村の皆さん、いったい、どうしたら原発のないくらしを取り戻せるか、一緒に知恵を絞りませんか? ご連絡をお待ちしています。秘密厳守を約束します。

2011911 泉かおり (Shut泊)  

住所:003-0006 札幌市白石区東札幌64丁目12

TEL: 09026951937 FAX: 011-826-3796 Email:kaori-izumi@ta3.so-net.ne.jp

0 件のコメント:

コメントを投稿